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44章 砂漠の王者






中学生五人、プラス一人は気絶中。そんな中をただいま現在進行形で砂漠横断中。
「なんでこんなにあちいんだ……」
「これが砂漠、なんだね……おまけに厚着だし……」
先頭でキュラを引きずって歩く靖とレリは私達よりもバテが早く回ってきてる。
二人は太陽の容赦のかけらもない光を一番浴びてるから。直射日光は蜂に刺されるような痛みがあるし。
砂漠にはサボテンくらいしか植物は見えなくて。でもそれは点々とあるだけ。
日陰は出来るけど、でも人が入れるくらいの大きさは無くて、休憩しようにも出来そうになかった。
それにしてもホントに暑いや……年中暑いのかなぁ、砂漠って。それともこの世界の季節が夏に向かってる今だけ?
砂漠に入る前には厚着の格好をさせられて服の中から蒸し焼きになりそう。
こんなに直射日光ひどい所で肌を焼いたら火傷になるらしいからしょうがないとは言っても。
しかも夜は夜で冷えるらしいし。大変だよね、砂漠に住む人って。
砂漠越えをして貿易をしてる人達の大変さが今ならよくわかるかも……?
今まで経験したことのない暑さのせいで思考回路が狂っちゃいそうだよー。
どこまでも砂地一色、方向感覚狂いそうだよ。道標になるようなものすらないし。
サボテンは、入ってからポツポツとしか見かけない。サボテン同士の間隔がもっと狭かったら陰がずっと続くのに。
それなら、直射日光を少しでも減らせていいのに。



私はおでこに手をあてて、目を細めて顎を突き上げた。空を見上げれば、太陽のほかには何もなくて。
滑空する鳥の姿はない。雲一つみつからなくて、まぶしすぎて見上げられない太陽。
土が乾くと砂になっちゃう。水がないと植物は枯渇しちゃう。でも広大な地に水をホースで撒くんじゃ間に合わなくて。
空から降ってくる水の粒。それはまとまりのない小さなものに見えるけど、でもそれは自然の力。
人が毎日水を撒いても空からの雨には敵わないんだよね。雨の力ってつくづく偉大ぃ。
『モゾ』
「靖、レリ! ヘビが砂の中にいる!」
はっとして何かに気づいた美紀が叫んだ。私は瞬間ぱっと空から目線を移して見つめた。砂の上をうごめくものを。
小さな長細い、砂の近い色をしてるヘビが靖の足とキュラの背中の間を這って動いていた。
「うおっ!? レリ、下がれ!」
美紀に言われて気づいた先頭の二人は慌てて引き下がる。
気絶してるキュラをひきずって歩いてるから、キュラが噛まれないようには連携して動かなきゃいけない。
誰かを引きずるのも大変だなー、なんて思いながら。レイ、どれくらいの力で気絶させたのかなあ。
砂漠の中に入ってからもう何時間も経過してるような気がするけど。いまだに、キュラは起きない。
「あの蛇、また横に進んで行ったわね」
「不思議だよねー。砂の中に隠れるし」
三人より少し後ろで私と鈴実はうんうん、と頷いた。初めて本物見たよ。
テレビ番組の砂漠に住む動物特集でああ動く蛇は見たことあるけど、所詮映像。二次元の話だったのに。
「キュラ、起きないね」
「ああして気絶してる間にも脱水してるんじゃない」
それはかわいそう。にしてもレイ、一体どれだけ強く殴ったの。手加減してくれたって思いたいけど。
「ところで……清海?」
ぎくっ。鈴実、何か私に怒ってるよ。もしかして、シェルでのことは全部お見通し、だったり?
「な、何かな?」
おそるおそる鈴実の顔をうかがった。こ、怖いって鈴実。目つきがいつもの3割増しで鋭いよー!
「あれだけ幽霊を憑けるなって言ったでしょうが!」
鈴実の開口した後。が──っ、とすごい勢いで説教をうけた。やっぱりバレてたみたい。
「ご、ごめんー。でも、人助けの為だったし」
私が動けなくなった時、助けてもらうかわりの条件だったから──。
鈴実は一つ溜息をついて、少し目を細めた。それはもう怒ってはない、っていう意味。
「もう気配は感じないから成仏したんでしょうけど。人の心は変わるものよ」
「それは、わかってるけど」
小さい頃に、私は何度か憑依されたりさせてあげたりした事があった。
人助けの為に私は憑依させて、鈴実まで危ない目にあった事もある。
その事は、今でも……忘れてないよ。
「それでもね、私は信じたかったんだ」
確かに人の心は変わっちゃうものかもしれない。でも必ずしも、それが悪い方向ばっかりに傾くとは限らないでしょ?
恨みばっかりを持ってこの世にとどまってるってわけばっかりじゃないと思う。
あの時はミレーネさんとレイが姉弟だったなんて知らなかったけど、でもそう思えれると思ったから。
「結局、清海はお人好しなんだから」
「あ──っ! また溜息ついた。鈴実って、」
「でも、清海のそういう所に救われたのも居るのは確かね」
鈴実がそう言って笑ってた。普段はあんまり笑うことはないのに。私もつられて笑いかえした。
「だけど鈴実だって、人が良いよ。毎回私を助けてくれたんだもん」
「清海をほっとくなんて出来ないわよ、当たり前じゃない」
「そういう所が鈴実も人が良いってとこだってばー。それに、猫とか犬とかも溺れてると助けるでしょ?」
「それはそうよ。動物にはなんの悪もないんだから。と、まだ和んでる場合じゃなかったわ」
少しだけ慌てたようなそぶりをみせた鈴実の言葉に私は首を傾げる。
私、ミレーネさんの憑依の他にも何か問題起こしてた? それ以外に約束、破ってないはずだけど。
「えっ、まだ何かあったっけ?」
「その指輪の贈り主のこと」
指摘されて私は鈴実にレイと、この指輪をもらうことになった経緯を素直に白状した

「まあ、約束っていうよりカースさんの命令っぽいかも?」
「話はわかったわ。でも、銀の指輪なのが気に食わないわね」
少し不機嫌そうな顔をして鈴実がいった。それって結婚指輪みたいだからかな?
「でも指輪って言えば、もう1つあるよ。契約した時にもらった奴」
私はガーディアにもらった指輪を鈴実に渡した。
合流した後ガーディアの事、話してはいたけどこれは見せてなかったんだよね。
「ああ、これが。案外と普通ね」
そう言いながら鈴実は私に指輪を返してくれた。
「うん。あ、もうあんなに先に行っちゃってるよ美紀たち!」
ふと気づいて見れば三メートルくらい美紀達と差が開いてる。私と鈴実は小走りに走って追いかけた。
でも小走りだけど、砂に足をとられて追いつくにはいつもより手間取った。





「それにしてもホントに暑いね──」
私がぽつりと呟けば、もうそれはうだるくらいにねと鈴実が相槌を打った。
「これが砂漠なんだな……」
『ズルズル』
美紀は靖の一言にただ、うんうんと頷く。
「おまけに夜は冷え込むらしいし」
はぁ、と五人共々深くため息をついた。なんか、少し前にもこんな会話だったよねー。
「ところで。ずっと思ってたんだけど。どうやって目的地まで辿りつく?」
「そこがね、美紀。あたしもそう思ってたけど」
『ズルズル』
「キュラしか知らないんだよなー」
「うん、よくよく考えてみたらね」
意外とキュラって頼りなさそうだけどそうでもない、と靖とレリが言った。
「二人とも、さりげに酷いこと言ってるわよ」
もちろん、その後には慈悲たっぷりの美紀のフォロー付き。
『ズサァ』
あ、砂の中からまた何か……でも今度は大型。この砂漠によくいるヘビでもネズミでもなさそう。
「美紀ー、前方五十メートルくらい先になんか出たぞ」
四方八方砂漠でもう方向感覚なんてないよー、私。なんてところで先に見えたのは大きな虫。
「それで、今目の前にいるあれは何だと思う?」
「さそりだね、うん」
「ああ、間違いねぇ」
疲労が溜まりつつあるレリと靖の頭上には、あのお笑い道具が輝いた。
砂漠の太陽が強烈だからいつもの倍以上に。それはもう、ほんとに。
『スッパーン!』
小気味の良い音をたてて美紀がハリセンで、どうやってか同時に頭を叩いた。一本しかないのに。
「光奈が言ってた話じゃあれはかなり危険でしょうがっ!」
「あれが巨大サソリね。二人とも、前線は任せたから」
鈴実に言われた言葉の真意にレリと靖は気づいて目を輝かせた。
いや、私は後ろにいるから見えないけど多分そうだと思う。
「よーし。レリッ、ぬかんなよ!」
「それじゃっ。キュラは任せたからね!」
靖は腰に携えてた剣を引き抜いて、レリは自分の拳を構えた。
二人に砂漠でも散々引きずられてたキュラはもちろんばったり砂の上。
「でもよー、サソリって甲虫じゃなかったか?」
妙にに現実的なことを言いながら靖は巨大サソリに斬りかかって……あれ?
レリが一緒じゃない。振り返ってみても、姿がない。どこ行ったの、レリ。

『ズズズ』

「あれ? 何だろ、この音」
なんだか嫌な予感。おそるおそる私は自分の足下をみた。両足とも、ずずずと沈んでいってる。
えっと、これって俗に言う流砂。呑み込まれたが最後、の定番。……悪夢再来?
「なんでいきなり流砂が起きてるのかしら。流砂っていうのは」
「今は科学の理論組み立ててる場合じゃないわよ美紀っ!」
美紀は私よりも深く砂に沈んでるのに流砂が起きる原因を考えてた。
「んっ?」
あ、こんな時に。キュラは勢いよくがばっと体を起こして砂の上に立ち上がった。
タイミングが良いね、ってえーっと私もそんな事考えてる場合じゃなくって!
「雲の色よ、我らに加護を!」
流砂に埋もれる速さが増していく。
それに気づいて私は反射的に魔法を唱えた。呪文の意味は相変わらずわからないけど。
これもいつものお約束。でも毎度のことながらの疑問なんだけど。これって砂の上なのに意味ないんじゃ?
私は自分の足下を見てその疑問の答えを見つけた。良い意味で。
嬉しいことに、流砂に呑み込まれていた両足の沈みがとまってた。でも流砂は止まってない。
砂が砂の中にもぐりこんでいく中、私の足は簡単に砂から抜け出せた。
「流砂の上に立ってる……?」
『ズ、ズズズズ』
あ、美紀と鈴実は!? はっとして二人を探すと、私と同じ様に流砂の上で足が砂に沈んでいなかった。
なんだかよく知らないけど、良かった。
あれ? 安心したらなんだか急に熱気が高まった気がする。
「あのサソリ倒したぞー」
「案外弱かったよね。あれだけもがいてる割には」
え、いつの間に? 靖はことなげもなくほら見ろ、とサソリのいる場所を指し示した。
それを見て私はどうして急に熱気が高まったか、わかった。
巨大サソリが砂の上で火だるまになってる。そのあたりだけ熱気で風景がゆらゆらしてる。
「燃えてるわよ、あのサソリ」
「さしずめ丸焼けね。食べられるかしら、あれ」
「でも、どうやって燃焼させてるの? あんなに大きい生き物」
サソリって燃えないでしょ。それに、砂漠の生き物って熱に耐性ありそうだよ?
「俺が魔法で植物のツル巻きつけて、レリがツルに油ぶっかけて着火させた」
言われてレリの右手を見てみれば確かにそのとおり。油の入ってた缶を持ってる。
炎は靖が魔法で出したんだろうけど。マッチで着火じゃあんなに大きな炎は無理あるし。ぬかりないなー。
「どうして油を持ってるのかな、レリちゃん」
そこはかとなくキュラがレリに素朴な疑問。
「だって油がないと火が燃えないでしょ」
キュラが唖然としてレリを見た。まあ、レリの考えはそんなとこだから。



「そういえば靖、炎以外の魔法使えたの?」
「おまっ、気づくの遅ぇ!」
炎の魔法使うとこなら、前にも見たことあるけど。植物のツル出したんだよね?
「言ってみたらそうなったんだよ。とにかく使えるらしい」
「でも、どうして知らないはずなのに言葉が浮かんでくるんだろーね?」
そうなんだよなー、と靖が私に頷く。でもこれじゃ疑問は解消されないんだよね。
「前世の記憶、って奴かもね」
間を空けてから鈴実が言った。美紀は首をひねった。
「そういうことって本当にあるの?」
「あたしにもわからないわよ。言ってみただけだから」
鈴実でもわからないんだ。となると、わかりそうなのと言えば──
皆の視線がキュラに注がれる。今さっき起きたのに顔色悪いなぁ、と私は思った。
「……え? 何かな」
「キュラ、大丈夫? 気分悪そうだよ」
「日射病かー? いつもはそこまでボケてないだろ」
レリと靖にそう言われてキュラはポカンとした。大丈夫かな、ホントに。
「言い過ぎだって、靖。ボケてないわよ普段も」
「無理しちゃ駄目だよー」
「あ、うん……大丈夫。いつものことだから……」
「いっつもそうなの? それって大丈夫とは言わないってば」
レリに言われて、キュラは目を見開いた。驚くようなことかなあ?
「ああ、そっか。うん、ごめんね。あんまり心配されるのに慣れてないんだ」
「それって周りが薄情ってこと? あ、考えてみたらそうかも」
昨日、レリが呼んでたラーキって人、容赦なく魔法使ってたし。
あの時ルシードさんが押さえ込んでくれてたから、何とかなったぐらいだよ。
そういえば、お礼とかちゃんと言えなかったなー。もう会えないかもしれなかったのに。
傭兵をやってていろんな所へ旅してるって昨日の帰り道で、言ってたのに。
また会えれば良いのになぁ。優しいし、お兄ちゃんみたいだったのになー。
私、お兄ちゃんって存在に憧れてたし、ホントにお兄ちゃんを持てたみたいで嬉しかったのに。
「まーた顔が笑ってるわよ、清海」
じろーっとした目で鈴実が私の顔を見る。へ? あ、ホントだ。
気づかないうちにやっちゃった。今はキュラが辛そうなのに。
「ごめんね、キュラ」
「なんだか、ええと。あ、僕こそごめんね。迷惑かけて」
私が謝ったのに、キュラも謝った。
「なんでここで二人して謝るんだよ」
「……ごめん、皆に迷惑かけてる」
にっこりと、いつもの笑みを浮かべてキュラが言った。
「別に謝らなくって良いってばー」
「それにそういう時はありがとう、って言うべきよね」
「え、あ……うん。そう、だね。ありがとう、みんな」
さっきからキュラ驚きっぱなし。まだ本調子じゃないからかな。意外と寝起き良くないの?

『ザッ』
砂の上で大きな足音がした。でも、私たちがたてた音じゃなかった。
まわりを見渡せば、数十人の人が私たちを囲むように立っていた。
顔にはお面、手には槍を。そして槍の構え具合から、友好的には見えない。
こんな熱帯の、平坦な砂の上で包囲網が出来るまで気づかれずに近づいていた。もしかして。
「砂漠の王者か……」
ぽつりと苦しそうな声でキュラが言った。つまりやっぱり嫌な予感、的中。
この人たち、あのサソリよりよっぽど厄介な砂漠の民族だ。







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